アシガール・第6回「平成に若君キター!」-2-
黒羽城跡を訪れた尊と忠清。
- 忠清「ここが…黒羽城」
城の石垣に右手のひらで触れる忠清。
- 忠清「戦国の世で唯之助が言うておった。『わしを守る』と何度も」
- 尊「姉は若君を救いたいと戦国時代に行ったので」
- 忠清「わしを救う?」
- 尊「はい」
- 忠清「それはどういう意味じゃ? わしが命を落とすということか? …… いつ? どのように? 羽木はどうなる? 父上は? じいは? 兄上は?」
- 尊「………」
- 忠清「尊、武士(もののふ)ならばまことの事を申せ」
- 尊「もののふ…」
忠清に向き直り、目を見つめる尊。
石垣の前。忠清は高校生の制服を着て立っている。
しかし、そこには武士が立っている、と感じられる。
現代に現れた戦国武将そのものだ。
当たり前だが、武士の立ち姿は、高校生の立ち姿とは違っているんだと気づかされた。
その夜、尊は両親に “ 羽木家滅亡を忠清に話してしまったこと ” を責められる。尊は「あの若君なら何があっても逃げない。全力で困難に立ち向かう。そう思ったんだ」と応じる。
忠清と尊は、本当の兄と弟のようだ。
というか、ほんとうの兄弟になって欲しい。
いやいや、義理の兄弟になれるかも…。なるといいな(熱望)。
唯の部屋。灯りを消し、唯の写真を見ている忠清。
尊が来る。
- 忠清「のう、尊。唯之助は……、唯は、わしの命を守るために450年前に行ったのだと申したな」
- 尊「ああ、はい」
- 忠清「では唯は、定めを変えることができると考えておるのか? 己の力で」
- 尊「いや…、何も考えていないでしょう。お姉ちゃんは…… 姉は、できるかできないかじゃなくて、ただ、やるって人です」
- 忠清「ただ、やる…」
- 尊「自分が若君を守るんだって、それだけです」
忠清は〈 若君様、必ず守りますから 〉〈 ホイッ… 〉と言っている唯を想い出し、笑う。
- 忠清「その通りじゃ、唯は何も考えておるまい」
写真を棚にもどす忠清。尊を見る。
流れる曲がピタリと止まり、忠清が言う。
- 忠清「ならば、定めはわしが、己の力で変えてみせよう」
唯が忠清を変えた瞬間かもしれない。そして、歴史を変える瞬間でもある。
「できるかできないか」じゃなくて「ただ、やる」。
「できそうもない」、「無理かも」など言わず、「ただ、やる」。
自分の思うとおり、結果も考えず「ただ、やる!」。
翌日、庭で竹刀を振る忠清。
- 尊〈 姉上様。若君が戦国へ向けて本格始動です 〉
オーケストラが奏でる勇壮な音楽が緑の庭の忠清を輝かせる。
刻むリズムが忠清の決意を後押しし、竹刀の剣先を未来へ突きつける。
食卓。
レンコンの挟み揚げを食べる速川家三人と忠清。
- 尊「僕も、素振り始めようかな」
- 美香子「んっ? 尊が? えっ、えっ、尊が?」
- 忠清「よいぞ。鍛えてやろう」
- 覚「おおーっ。よし、じゃ、僕も僕も」
- 美香子「えーっ、お父さんも?」
- 覚・尊「イエ〜ッ!」
グータッチをする父と息子。
- 美香子「何よ、それ〜っ! 私も、入ろう、入ろう」
忠清は三人のやりとりを微笑みながら見ているが、やや悲しそう。
家族でテーブルを囲み、楽しく話をしながらの食事。父と息子との息の合った言葉や触れ合い。
この光景は今までの自分の生活にはなかったのではないか。
忠清は大切にされてはいたけれど、このような形で愛してもらってはいなかったかもしれない。それに気づいたから悲しそうに見えたのか。
久の住む庵の縁。
- 久「お城で辛く当たられてはおらぬか?」
- 成之「案じめさるな。ようして頂いておりますゆえ」
- 久「あのお方も? 父というのにあのお方は、お前に笑みひとつくれようともせなんだ。ただ我らを忌むように遠ざけ、あまつさえ、お前を亡き者にしようと…」
- 成之「母上、それは昔のことにございます。じき私が総領となりましょうゆえ」
- 久「よい子じゃ、お前はよい子」
成之の背を撫でる久。
羽木家の当主・忠高の息子でありながら、城から追われた子と母。
信じる人々がまわりにいない。誰も敵に見える。いつ誰から毒を盛られるかもしれない。刺客が狙っているかもしれない。
久の屈折した心は病んでいる。成之の心も共に。
成之の策略で、唯は忠清の失踪への関わりを疑われ城から逃げ出すことになる。
千吉や遠太たち足軽仲間が手持ちの金子を唯之助に渡す。
- 唯「みんな…」
悪丸が画治郎を引っ張って来る。
- 悪丸「この者、抜け道くわしい」
- 唯「あんたっ」
- 画治郎「ここから馬場を抜けろ。東側の壊れた柵から城を出て、山へ入るんだ」
- 唯「わかった」
画治郎は着ていた毛皮の上着を脱ぎ、差し出す。
- 画治郎「これを持ってけ。夜は冷えるぞ」
- 唯「ありが……。何これ! 使い込んでて……、臭っ!」
- 画治郎「気にするな。戻ってきたら、また出世争いじゃ。次は負けぬぞ。それまで達者でな」
- 唯「画治郎、悪丸、ありがとう」
唯は毛皮で涙を拭う。
- 唯「臭〜い!」
唯は足軽の仕事も満足にできない。厩の掃除はさぼるし、文句も言う。たわけておる奴だと思われている。
しかし、愛されている。一緒に働くみんなは唯が好きだ。
唯は現代から突然戦国に飛んだが、適応能力は抜群だ。何より仲間が唯を愛しているのがその証拠だ。
戦国は普通に、臭かったであろう。体も衣服も。
だって、風呂はまだ一般的ではないらしいし…。
忠清や他の偉い武士、位の高い女性たちはそうでもないだろうが、足軽とか農家の人たちは、そんなに清潔にする環境もヒマもない。
唯は位の高い忠清と自分の違いを感じているから、「臭い」に敏感でもあるだろう。
戦国のおにぎりを臭いと思うし、せっかくもらった毛皮を臭いというし、忠清の傍らへ行くのも、つい遠慮してしまう。
山中を走る唯。
- 唯〈 若君が帰るまで、絶対生き延びてやる 〉「っしゃ〜!」
♬ 青く可憐に 咲き乱れる
ふるさとは遠く 荒れ果てた道で
助けもなく それでも空をあおぐ ♫
若君のいない戦国。暗い林を逃げ続ける唯。
唯の脚に合わせてピアノの澄んだメロディと強い歌声が伴走する。
「ワイルドフラワー」 作詞・作曲 遠藤響子
青く可憐に 咲き乱れる
ふるさとは遠く 荒れ果てた道で
助けもなく それでも空をあおぐ
孤独な夜も 悲しみもあるわ
だけどもう何も 欲しくはない
もう誰のご機嫌も とりたくない
私はワイルドフラワー
トゲのついてる花
私はワイルドフラワー
強い強い花
(つづく)