(11)「十文字カーテンの家」
そこは不思議な家でした。
入り口を開けるとすぐカーテン。カーテンを開けると、少し離れてまたカーテン。
ワンルームの部屋をカーテンで仕切っていました。
ある日、その家に父と私でお邪魔しました。父は用事で先に帰り、私は泊まることになりました。なぜ泊まったかは覚えていないのですが、不思議な家だったからかもしれません。
長方形の部屋の天井のあたりを見てみると、四方の梁の真ん中にサイズの大きい「はてなフック」の丈夫そうなものが四つ付いていました。部屋を四つに仕切る形でフックに太いロープが結えてありました。
漢字の「田」の形です。幅広のカーテンが真ん中の十字の端から端までかかっていました。カーテンを全部閉め切ると、窓のない部屋は暗くなります。
子どもがいました。私より少し大きい子と少し小さい子でした。カーテンを開ければ「こんにちは」ごっこができます。
晩ご飯はカレーです。
カレーには
「ソースを絶対かけるッ」
と言う派と
「え? 醤油だね」
と言う派がいました。
私は何もかけないカレーが好きだったので
「どっちもいりません」
と言ったら
「すごいね!」
「強いね!」
と感心されました。
なぜ感心されたか分からなかったから、よく覚えています。
夜、仕切られたカーテンの部屋の布団の中で、なかなか眠れないでいました。
おばちゃんが
「耳掃除をしてあげよう」
と膝枕でしてくれました。
おばちゃんの手は温かくて優しくて眠くなりました。
あれ? 台所はどこだっけ?
よく考えてみると、入り口を入ってすぐにカーテンがあって壁とカーテンの間が廊下でした。その先に台所や洗面所があったように思います。「田」の字ではなく、四角の中に「干」の字を入れた形、十字ではなく干字です。そうすると壁と一画目の間に隙間ができます。それが廊下になります。
その家のおじちゃんは車のテストドライバーでした。
おじちゃんの働いている場所に連れていってもらいました。
広い敷地に、急なカーブや長い急坂など、そして端が見えないほどの直線コースもありました。そこを猛スピードで運転したり、急ブレーキをかけたりするのだそうです。聞くだけで恐いと思いました。
おじちゃんは短髪の人でした。いつもニコニコしていました。静かな穏やかな声で話しました。大きな手の甲には長い毛がありました。
私には無茶な運転をする人には見えません。でもそれは無茶ではなく仕事だから仕方ないのです。
おじちゃんのようなテストドライバーの人は、
「いつもは本当に静かに運転するんだよ」
ということも教えてもらいました。
大きな手のおじちゃん、温かい手のおばちゃん、そして不思議なカーテン……。
全部、夢みたいだけれど……、
全部、本当のことでした。