(53)「“弟” のケンタくん」
私がまだ幼稚園に通っているころ、親戚のケンタくんが私の家に住んでいたことがありました。私の2歳くらい下でした。
初めてケンタくんが来たのはもう暗くなる時間で、みんなでうどんの夕食を食べていたときです。
ケンタくんを連れてきた私の父が
「今日から一緒だよ」
と言い、母がうどんを小さい丼によそいました。明るい電灯の下でみんなでうどんを食べました。季節的には12月の初めころだったと思います。
『皆さんでどうぞ!』
という言葉とともに、ケンタくんのお父さんお母さんから、食べ物がたくさん入った箱を預かってきていました。
私は兄二人の下の妹なので、自分より年下の弟ができたことがすごく嬉しくて、翌日からケンタくんを従えて遊びました。ケンタくんはどこにでもついてきて、私と一緒のことをしました。
朝、私が幼稚園に出発するとき、ケンタくんは少し淋しそうでした。
“ 私は大きいからね! 幼稚園に行けるんだよ!”
と内心誇らしい気持ちでいっぱいでした。
雪の日、私は庭に出て、たくさん積もった雪に顔を埋め顔型が雪に残る遊びをしていました。ケンタくんはガラス戸の中からじっと見つめていました。
“ 私は大きいからね! 外に出られるんだよ!”
これまた内心、誇らしげでした。
ずいぶんとイヤなお姉ちゃんです。
兄たち二人は違いました。
ケンタくんは、
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
と呼んでは、
「それはなに?」
「これはどうするの?」
と、まだよく回らない舌で聞いていました。
黒目がちのクルクル光る瞳で問いかけるケンタくん。
髪が真っ黒で頭の真ん中あたりの毛が立っています。
兄のサンダルを小さい足で履いてズルズル歩き、転びそうになったりしていました。そのサンダルにはカタカナで『ワニ』と彫ってありました。兄が、友だちのワニさんという人からもらったサンダルだったからです。
ケンタくんは
「ワニだっ! ワニだっ! ワニのサンダル〜!」
と言って喜んで履いていました。
兄たちは相撲やレスリングをしたりしてケンタくんを仲間に入れていました。座敷の畳表が擦り切れるほどたくさん遊びました。作るのが大好きな兄たちは竹トンボを作ったり、缶ポックリを作ったりして一緒に遊びました。
どのくらいの期間だったか詳しくは覚えていませんが、ケンタくんは家の子でした。本当にかわいい弟でした。父も母もケンタくんを支えました。私はケンタくんが大好きでした。
後年、成長したケンタくんに尋ねると
「お姉ちゃんが大好きだった」
と言ってくれました。
ケンタの奴め!
あんなに小さいのにお父さんお母さんお兄さん妹さんと離れて、一生懸命生きていたのだと涙が込み上げます。
ケンタくん!!