アシガール・第8回「満月よ!もう少しだけ」-2-
翌朝、吉乃の部屋の前に正座して待つ唯。
吉乃が出て来る。
- 唯「若君様のお役に立ってるつもりで今まで頑張ってきたけど、お城には阿湖姫も鐘ヶ江もいるし、若君には『いらん』ってはっきりいわれちゃったし。だからもういいんです」
……
- 唯「でも...これだけは分かってください。私、本当に心の底から若君様の事を思って、その事だけは...」
- 吉乃「たわけ!」
- 唯「は?」
- 吉乃「若君に何を言われたか分からぬか? お前のたわけはまこと極まっておるな。今、私に言うたことをなぜ若君に言わぬ?」
座って諭す吉乃。
- 吉乃「お前はお前のおりたい場所に力を尽くし、ただおればよいだけの事」
- 唯「おふくろ様…」
- 吉乃「励みなされ」
裸足で飛び出す唯。
「力を尽くし、ただおればよい」。
おりたい場所、自分のいたい場所。そこにただ、いればいい。そして、大事なのはそこで「励む」こと。
迷っている心がすっとする。
吉乃は若君の心が唯にあることを確信しているのだろう。だから、揺れる唯を「たわけ!」と叱れたと思う。
吉乃の言葉で唯の表情が鮮やかに変わる。口角を少し上げ、目がきらきらとしてくる。
草履を手に持ち裸足で駆け出す。
忠清の部屋の前。駈けてきた唯が小石を踏んでしまい、座り込む。部屋から忠清が出て来る。
- 忠清「昨夜はいささか頭に血が上り、言葉を荒げてしまった。……すまぬ」
そう言ってすぐ去ってしまう忠清を、唯は呼び止める。
- 唯「お伝えしたいことがあります。大事な話です」
立ち止まり、唯に向き合う忠清。
- 唯「昨日兄上さんは、成之様は山の中で如古坊と高山の家臣に会っていました。次の戦では先陣を率いて高山と合流し羽木を攻めるつもりです。若君様を吉田城で襲ったのも兄上さんと如古坊がつるんでやったことです。私、聞いちゃって…。ずっと若君に言わなくちゃって、でもどうしても言えなくて」
- 忠清「なぜじゃ?」
- 唯「だって、兄上さんのことを話すとき、若君様すごくうれしそうだったから」
- 忠清「なぜ申す気になった」
まっすぐ忠清を見つめる唯。
- 忠清「あいわかった」
去って行く忠清。
「アシガール」という言葉はここが初出だと思う。唯は、現代に行って来た忠清が「足軽」ではなく、「アシ girl 」という言葉を理解すると思って使ったのだろう。
「私はあなただけの、足軽です!」
高らかな唯の宣言!
さあ、どうする? 忠清さん。
え! 行っちゃうの? 「あいわかった」って、それだけ?
山のような情報を瞬時に吸い取り、「あいわかった」と短く言ったときはすでにこれからの見通しが立っていたのか。
すごいな忠清。
- 唯「それと…。あと一つ」
立ち上がる唯。
- 唯「私…」
振り向く忠清。
- 唯「若君が鐘ヶ江のところにいくのやだ! 嫌なのだ〜!」
こぼれる涙を手で拭う唯。
- 忠清「..そのようなことを気に留めておったのか。それゆえ無理をしてでもわしの役に立とうと?」
- 唯「だって私、歌も詠めないし、きれいな着物もないし...、若君を守ることしかできないから...」
唯に近づく忠清。
- 忠清「鐘ヶ江の姫に会うたのは、人違いだとそう伝えるために参っただけじゃ」
- 唯「人違い?」
- 忠清「だからもう泣くな」
- 唯「でも...」
- 忠清「兄上のことは...、考えておる」
- 唯「若君…」
- 忠清「しかし、お前は泣き顔も面白いのう。ははははっ」
- 唯「わ〜っん、若君に笑われた〜」
人違いは、忠清が「ふく」と名乗った唯を、鐘ヶ江の「ふき」と勘違いしたことによる。
元はと言えば、犯人はあやめと唯。ふくを気絶させ、唯が代わりに閨に行くように仕組んだのだ。
この時、唯は「人違い事件」の本当の真相を知らないままに終わる。
もちろん、忠清も自分が勘違いしたこと、あやめと唯によって作られた勘違いの仕組みを知らないままだ。
「面白い」という言葉には、「滑稽だ」「可笑しい」の意味ももちろん入っているだろう。
辞書で「面白い」を引くと、「目の前が広々と開ける感じ」「気持ちが晴れるようだ」「心がひかれるさまだ」「思うとおりで好ましい」などとある。
忠清は唯にたいして折に触れ「面白い」という。そのシーンから推定すると、「好き」とか「愛おしい」に近いのではと感じる。
忠清の「面白い」というセリフを、別のぴしゃりと当てはまる言葉に代えて妄想する。
「お前は泣き顔も《面白い》のう」→「お前は泣き顔も《かわいい》のう」(イマイチか)。
「いやなのだ〜!」の叫びは、とても素敵だ。頑張って唯が告白している。よく言った! 言わなければ、通じない。唯は偉い。この率直さが唯の唯たるところ。
高い鳶の声。
- 忠清「そういえば明日は満月じゃのう」
ピアノが景色に溶けるように入る。曲は「綿雲の願い」。
- 唯「ああ」
- 忠清「悲しませた詫びに、明日はお前が帰るのを見送ろう」
- 唯「え? でも三分後にすぐ戻ってきますよ?」
- 忠清「一つ頼みがある。できれば、ふくになったあの夜のようにお前のおなご姿をいま一度見せてくれまいか」
- 唯「おしゃれしてデートってことですか?」
- 忠清「そうじゃな」
- 唯「っんしゃ〜!」
きらきらした涙目で、深々とお辞儀をし去って行く唯。
見送る忠清。
- 忠清「どうやらわしも……、やなのだ」
唯を現代に帰すのが「やなのだ」と、始めは思った。
でも唯の「いやなのだ〜!」の叫びに呼応していると考えると、忠清は「唯も鐘ヶ江や阿湖に嫉妬していたのか? わしの考えも嫉妬ではないか?」と、気づいたのでは。
兄上にペタペタする唯は「やなのだ〜〜!」と。
夜、城を出る忠清。
淡い緑の地に撫子柄の着物で着飾った唯が来る。
- 唯「えっと、ふくです」
- 忠清「たしかに、あの時のふくじゃ」
微かに笑い、両袖を広げる唯。かがり火に映えて美しい。
- 忠清「よう似合うておる」
忠清と馬に乗った唯。
忠清は、白地に青の矢羽がくっきりと浮く着物。
原作の絵そのままに清く美しい。
馬から下り、満月の下で向かい合うふたり。満天の星。
- 忠清「次戻って来る時は、今度こそ腹を決めてまいれよ」
- 唯「やだ、もう」
- 忠清「父上、母上、尊にもよろしゅうにな」
- 唯「うん」
- 忠清「それと…、これは向こうで読め」
文を受け取る唯。
- 唯「若君からのメールだ! じゃあ、ちょっくらいってきますね」
離れる唯。
- 忠清「唯!」
- 唯「うん?」
- 忠清「この世に、わしの前に現れたこと、心より礼を申す」
- 唯「何すか? 永遠の別れみたいに」
- 忠清「お前のことは、生涯忘れぬ」
唯を見つめる忠清。
- 唯「あの、それ三分後にもう一度言ってくださいます? すぐ戻ってくるんで」
- 忠清「そうであったのう」
- 唯「じゃあ」
脇差を抜く唯。忠清に駆け寄る。
- 唯「若君様。私、今までちゃんと言ったことないから、今言いますね。私、若君様のことが……」
唯に手を伸ばす忠清。唯の姿が消える。
☆☆☆!!!!!☆☆☆
- 唯「大好きなんですぅ」
タイムマシンで現代の実験室に飛んだ唯。
覚、美香子、尊が迎えている。
別れのシーンは少し長いけれど、どこも割愛することができない。
そんなことを言えば、全編全部もれなく大事だが…。
別れはこんなふうにやってくるのだろうか。
唯は「三分後は《ある》」と思い、忠清は「三分後は《ない》」と思っている。
唯が《ない》と知っていたら、現代に戻らないなぁ、きっと。だから忠清は言えなかった。
「お前のことは、生涯忘れぬ」が忠清の別れの言葉。せつない。
「私、若君様のことが……」が結果として唯の別れの言葉。
最後までは言えなくて、「大好きなんですぅ」は、父母弟に聞かせてしまった。
(つづく)