(8)「劇『とくこちゃん!』とドラム缶」
◯ひろば まんなかのベンチにすわっている[とくこ]。
[えいじ]がぶたいのそでから[とくこ]をよぶ。
えいじ「とくこちゃん!」
とくこ「なあに?」
プリントされた台本の文字が網膜のどこかに残っています。
全校学芸会の小学校一年生の部でした。
舞台の真ん中に木製の大きい箱があり蓋がしてありました。幕が開くとその蓋をベンチにして座っている女の子・とくこちゃん役が私でした。
えいじくんの声がします。
「と〜くこちゃん!」
私は返事をします。
「な〜あ〜に?」
私の手には袋に入った丸いおせんべがあります。
えいじくんがそばに来て座り、二人でおせんべを割って食べます。
えいじくんがちょっといなくなったとき、驚かそうと私は蓋を開けて箱の中に隠れます。
他の子がやって来て
「とくこちゃんがいない」
と大騒ぎになります。
そんなふうに始まる劇でした。
おせんべを食べたとき、見ている友だちたちが、
「食べた! ほんとに食べた!」
とザワザワしたのが印象に残っています。
私の家の玄関にはドラム缶がありました。
私の背とあまり変わらない高さでした。中にはバットやグローブ、ボールなどが入っていました。
ある日、自分でドラム缶に入って自分で蓋をしたのです。中はまあまあ暗いのですが、何しろ自分の家ですから安心です。ボールやバットを動かして座り込み、じっとしていました。
やがて眠ってしまいました。
なんてことでしょう。
蓋といってもきっちり密封できるものではなく、さらに古いドラム缶だからきっと歪みもあったのです。家族はみんな大騒ぎで探したと思います。
生きて、無事に発見してもらえました。
なぜ玄関にそんなものがあったのか、分かりません。
それからは蓋がどこかに隠されてしまい、私はドラム缶に蓋がついていたことを忘れました。
劇のなかで、蓋を開けて箱に入るとき、
「あ、うちのドラム缶にも蓋があった!」
と思い出しました。
生きててよかった!