♪ おもいで らんらん (29)「勉強して大学に行くんだよ」

(29)「勉強して大学に行くんだよ」

坂の途中に知り合いの家がありました。

短いトンネルを抜けて坂を登ると、道の左脇に階段がありました。その階段を上ったところの家でした。

広い玄関から廊下が続き、左に居間、右が洗面所やお風呂、まっすぐ進むと食事の部屋。家族の多い家だったので、他にも部屋がたくさんありました。庭も広くて太い樹がいっぱいでした。樹の間を歩いて行くと斜面になって、その先は崖でした。

その家のお姉さんが洗濯した小さいハンカチを畳んでいました。普通のハンカチより小さめでガーゼで出来ていました。たくさん畳んで籠に積み上げました。どこに置くのかなと見ていたら洗面所でした。

現在の先取りです。伝染する病気が流行しているときではなかった頃のことです。

洗面所のタオルは一人で使うだけではなく他の人も使います。そこで、新しいタオルを一人一枚ずつ使い使用済みの入れ物にいれれば清潔だ、という方法です。手間がかかるけれど合理的でした。

私も使ってみました。手を拭き終わってから使用済みの入れ物に入れる時、ちょっと抵抗がありました。ハンカチを捨ててしまうような気分になったからです。

そこの家は、お客さんも多い家だったので、小さいハンカチは役に立っていたと思います。


二階の窓からは遠くに街並みが見えました。


その家のおじさんは、夜は浴衣姿でした。いつもいっぱいお酒を飲む人でした。

いい気持ちになった頃、

「オレは学校にろくに行ってないから……。あんたは勉強して大学に行くんだよ」

と、私に言いました。

「はい、勉強して大学に行きます」

私は、そう答えました。

酔ってはいたけれど、小さい私に向かって真剣に話していることがわかったからです。

 

「ほらっ、お父さん! こぼれているよ〜」

「あ〜っ、褌が見えている!」

家族にこんなことを言われている愉快な人でした。仕事は、会社の社長さんでした。

 

私があまり気の進まない勉強を続けられたのは、おじさんの言葉も関係していたと思います。

『女の子が大学に行く必要があるか』なんてことを言わずに、まっすぐ「大学に行くんだ」と言ってくれたおじさん!

 

「学ぶことが好きか、嫌いか」と問われたら。

今、私は「好きです」と心から答えます。