(35)「凸凸堂の皆さま」
後に、近所では有名な菓子司になる建物が建築中のことでした。
小学校1年生か2年生の私は4、5人の友だちと徒党を組んで、大工さんが休みの日にその建物に忍び込みました。建築途中だから、柱と梁と荒壁、そして床板、1階の天井部分には茶色の薄い紙のようなものが張られているくらいでした。
お店になるところには、材木が積んであったり金属棒を組んで足場にしてあったり、脚立があったり、階段には橫板があるだけでした。
その場所で何をしたかというと、かくれんぼです。ふだんしているかくれんぼと違って未知の間取りだし、隠れ場所が豊富です。
だんだん興奮したのでしょう。私は1階の天井と2階の床との隙間、30センチくらいのところに入り込みました。奥へ奥へと梁を伝い進んでいくとちょっと覗いたくらいでは誰にもみつからない場所に行き着きました。そこに潜みました。
しばらくしてみんなの騒ぐ声。
「どこにいるの〜?」
「いないの〜?」
「もう帰るよ〜」
嬉しくなった私は
「ここにいるよ〜」
と出口の方へ這い出しました。
背の立つ高さがある場所まで進み、両足で立とうとしたときでした。片足が梁から外れたのです。
『バシャッ! バリッ!』
という音とともに紙の天井が抜けて、私の片足は宙ぶらりんになりました。
ゾゾッとして梁につかまり、そーっと足を引っ込めました。それからはもう夢中でした。友だちとはすぐ解散し、急いで家に帰りました。
『建築中のお店の天井を破っちゃった』
と、お父さんやお母さんに話さなければいけない。
いや、話さなくてもきっとばれてしまうだろう。
『あそこで遊んでいたのはあの子じゃないか』
お店の人はもう分かっているだろう。
大工さんだってきっとわかっている。
通る人たちもみんなわかっている。
ぐるぐるとそんな考えが渦を巻いていました。
毎日、頭の中がぐるぐるでした。
すぐ謝れなかった私は、もう建築場所の前を通れなくなりました。店は大通りに面していたからその方向へ行くのに不便になりましたが、遠くても回り道をしました。
お店が開店したのは知っていましたが、行けませんでした。何年も、何年も。父にも母にも言えずに胸に塊を抱えました。
何年も…、そしてまた何年も経ってからお客として初めて凸凸堂を訪ねました。
名物のお菓子を注文し包装を待つ間、そっとあの時の天井を見上げました。
店内の左側で壁からすこし離れたところの奥に近い部分……!
私はそこに穴が開いているのではないかと長い間思っていたのです。
穴はありませんでした。
和菓子屋さんらしい化粧天井の美しい模様がありました。
今になって思います。
そのまま1階に落ちなくて済んだのは幸運でした。落ちれば怪我をしていたに違いないからです。売り場の天井なので普通の家の天井より高くなっていました。下には様々な大工道具や刃物や金属棒、脚立などが置いてありました。
そこに落下していたら……。
悪いことをしたにもかかわらず、その張本人に幸運まで授けてくださいましてありがとうございます。
凸凸堂の皆さま
あの時、天井の紙を破ったのは私です。
本当にごめんなさい。
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