(42)「お蕎麦屋さんのお嫁さん」
近所のお蕎麦屋さんは、おじちゃんもおばちゃんも信州が故郷です。
私の家では、お店で食べることはあまりありません。
ふだんは、「生そば」と「つゆ」を買うのです。
小学校一年の頃は、出汁の匂いのする厨房に入りこんで、お手伝いと思いこみ余計なことをしていました。おばちゃんはそんな私を邪魔にはしないで、洗い物や簡単な掃除の仕事をさせてくれました。
そして、
「大きくなったら、うちのお嫁さんになりなね」
と、必ず言いました。
そこの家には若いお兄さんが二人いました。いつも蕎麦の仕込みや、配達で忙しくしています。
おばちゃんは
「どっちのお嫁さんでもいいよ」
と凄いことも言いました。
『ふーん、そうやって決まっていくのかな』
小さいころの私はぼんやりと考えていました。
しばらくの間、おばちゃんは
「うちのお嫁さんになりなね」
と、同じことを言って私をからかっていましたが、そのうちパッタリ言わなくなりました。
お兄さんたちがお嫁さんを迎えたからです。
母のいない日、父と二人でお蕎麦屋に行きました。
父はカツ丼、私はおかめそばを注文しました。具がたくさんのおかめそばは熱々で美味しくて、具だけでもお腹がいっぱいになりました。
信州の土地の名前がついたお店……。
今もお店は続いています。