(46)「大きくなったら本屋さんの店員になる!」
夢がコロコロ変わる年ごろに、そう思っていました。
文字が読めるようになったのが嬉しくて、絵本だけではなく新聞の小さいひらがなも見つけました。電車に乗ると大声で駅名を読みました。
小学校に入ると、教室の棚に本が並んでいました。端から読みました。読めない字は飛ばして読み、それでも何だか面白かったのです。教科書は大好きな「本」でした。
父の会社の図書室にも行きました。冊数に制限がなく好きなだけ借りることができたので、自分で持てるいっぱいを借りていました。
「この子は、本を読み始めると耳がなくなるよ」
と言われました。
いくら呼んでも返事をしなかったからです。聞こえなかったのです。暗くなったのも気づかないで、本に齧りついていました。
雨の日は、座敷の真ん中に壁になるように布団を積み上げて四角い基地を作り、「ねこ」と「本」を持ち込みました。
ちょうどそのころ、隣に本屋ができました。
私はたまに買う以外は、ひたすら読むだけの迷惑な客です。お店のおばちゃんは、隣の家の子なのであまり邪魔にできなかったのでしょう。黙って許して?くれました。ガラス窓に寄りかかって背中を陽に照らされて読みました。本当に天国でした。
父の弟でボート部員じゃないほうのハルおじさんは、本屋さんです。
駅前に立派なお店を開いていました。神田の「○○堂」と繋がりがあるとのことから、名前をいただいたと聞いたことがあります。ハルおじさんは友だちと協力して開店したそうです。
私は、遊びに行くたびに本の整理をしたり立ち読みをしました。
「大きくなったら絶対に本屋さんの店員になる!」
と宣言したら、ハルおじさんもおじさんの友だちのカタさんも、
「いいよ、待ってるよ」
と言ってくれました。
本をきちんと並べるのは大好きだし、大切に扱えば新しい本が読めるし、お客さんにおつりを渡すのも憧れでした。
読んでいる途中のあの文字の中の世界に突っ込んでいく瞬間が好きです。
突然のドキドキが始まります。
何を読んでいたのかというと、日本文学全集も世界文学全集も好きでした。ミステリーもの、シリーズものも好きでした。次々と繋がって読めるからです。
なぜそんなに読んだのかは分かりません。
中身は、ほぼ忘れてしまいましたが、読んだ本の塊が体のどこかにスライムのように柔らかく潜んでいることに気づきます。
小さい頃は本に没頭してくると、『この先どうなるのだろう』とページを先へ先へ繰るのに忙しい読み方でした。
今は、行きつ戻りつ、知らないことを調べたり、書かれた場所をマップで探したり、関連事項を書き出してみたり、進むより戻るほうが多いくらいの読み方です。
本の中に入り込んでしまうのは小学生のときと変わらないかもしれません。
ハルおじさんの店はお客さんが楽しめるような取り組みをしていて、今も人気の本屋です。