(50)「母と和服」
母は和服が好きでした。
そして、洋裁よりも和裁の方が好きだったと思います。
暮れのバタバタが済んだ夜、箪笥の特別の段から着物の入った細長い箱を取り出します。蓋を開けると、たとう紙が現れます。そこには筆文字で「御誂」と書いてあります。金銀の模様が「御誂」の文字を飾っています。
それは母が縫ったのではなく、呉服屋さんに頼んで作ったものでした。二カ所結んである紐をほどくと中から着物登場です。衣紋掛けにていねいに掛けます。
身につけるいろいろを取り出し乱れ籠に置きます。
・帯・足袋・帯締め・帯枕
大物小物が次々と並んでいくのを眺めていました。
お正月への期待が膨らむ時間です。
翌朝。
家族が畳に手をついて
「おめでとうございます」
と、挨拶するときに見える母の襟や袖や帯がきれいでした。
袖をちょっと抑えてお皿を配る仕草も優雅に見えました。
母は、お正月の幾日かは着物で過ごしました。改まった感じがして私は嬉しかったです。
学校に上がる前は、母のお琴の稽古について行きました。お師匠さんもお弟子さんも着物を着ていました。
🎶 シャッテンシャシャツントテツーン 🎶
と歌うのを覚えました。
中学の頃、
「浴衣を縫いたいから教えて?」
と母にお願いしました。
選んだ模様は白地に朝顔の花が散りばめてありました。
長い生地のどこをどこに使うか決め、チャコペンで印をつけます。全て直線なので、びっくりです。なんてうまく生地を使うのでしょう。
「切ってしまったらもう元に戻らない。少なくとも三回は『これでいいか』を確かめてから切りなさい」
緊張の裁断!
ですが、曲線はないから切ると決めたら早いものです。
・キセかけ・おはしょり・くけ・仕付け
・ルレット・糸こき・柄合わせ
・剣先・おくみ・身八つ口
新しいことばかり。袖の丸みは何回も縫って絞ってを繰り返し、平らにしていきました。
仕上がってみると、どうしてそうしたのかが分かり、
「なるほど!」
と深く納得しました。
夏が来るまでに……と、頑張りました。
手縫いのやさしい仕立てだから、着るとすぐ布が体に馴染んだ気がしました。
母はみんなの着物も縫いました。
3歳くらいのときの私の着物は写真でしか覚えていません。同じ布でバッグも縫ってくれました。小学生のときは明るい青紫の地にオレンジと黄色の花柄でした。道行も縫ってくれて、胸の飾り紐がとても気に入りました。
高校は絣模様でした。
絣の着物で大学の講義を受けたことがありました。
その頃、よく一緒に話していた人が今も隣にいます!
♪ おもいで らんらん[もくじ] - 那須高原のとっておき!