(51)「何かがあるから 旅は面白い」
私の高校は自由な雰囲気を持っていました。
修学旅行は、生徒たちで旅行委員会を作り訪問場所をいくつか選び、投票で決めました。
旅の三日目。船で湖を渡ったところのホテルが宿泊場所です。
それまでも雨が降っていましたが、夕飯を終えてお風呂に入ったころ突然嵐になりました。ひどい風雨が続き、「バチン!」と停電。
先生たちは大慌てだったと思います。走り回って点呼し、気をつけることを各部屋に伝え、一部屋に一本ずつ懐中電灯を配りました。
集合はしません。暗い中で全員が動く方が危険だと判断したのでしょう。
長い夜。部屋には3人。
私たちはその出来事を結構楽しんでいました。
「何をしよう?」
トランプとかの遊び道具は用意していましたが、何しろ懐中電灯一本しかないし、もちろんLEDではありません。
先生に
「寄せ集めの懐中電灯だから、何時間保つかわからない。無駄に使わないこと」
と言われていました。
考えたのは “服をいっぱい着て変な顔をして写真を撮る” です。
私の学校には制服がありません。だから思い思いの服を持ってきていました。3人が持ってきた服、帽子、靴下、バッグなどを出して、並べました。
二人が指示を出し、餌食の一人が従います。
「セーターとジャケットを着てください」
「それから、パジャマのボタンをキッツキッツにはめて、帽子を二つかぶってください」
「その上からスカーフを巻いて残りを前に垂らして」
「手にはロング靴下を……」
というような命令をします。
写真を撮るときは、
「懐中電灯を顎の下に当ててください」
「あらぬ方向を見据えてください」
とか。
暗い中でさまざまな指示に従い服を身につけ懐中電灯で確認し、「オッケー」となったらシャッターを切ります。
代わる代わるにやっていると、心臓がドックドックしてきます。
外も内も真っ暗。
カメラのフラッシュに照らされた瞬間、その全部が窓ガラスに写ります。
その表情、その姿。窓の外の大きな木の影も見えました。
鮮明な静止画像がまぶたの裏に残り、3人の大笑いが響きます。恐ろしくも可笑しくて、時の経つのを忘れました。
そういえば私たちの部屋は、本廊下を右に曲がったところで、一部屋だけ離れのような造りでした。
「私たちの結婚式の時、絶対にこの写真を持ってこないこと!」
と、真剣に誓いを立てました。
翌日は、ほとんど乾き物の朝食です。
この日はバスを使う予定でしたが、通る道が土砂崩れで不通になってしまいました。
先生方は、ホテルの人たちや関係のところと夜通し検討したのでしょう。道路開通までどれだけ時間がかかるか分からないので、船を使うことになりました。
ホテルの方たちがみんな見送りに来て、色とりどりの紙テープを渡してくれました。
乗船してからそれぞれが桟橋に向かってテープを投げました。私が投げたテープが運良く私たちの部屋担当の方に届きました。着物の似合う方です。
私はこのテープの切れ端を持ち帰り、宝箱にしまいました。
後で、大変な旅を支えてくださったホテルにお礼の手紙を書き、紙テープの半分を同封しました。そして、丁寧な返事もいただきました。
「旅行は無事がいい」と考えていた私。
ある旅行のときの添乗員は、優れた統率力があり自らも旅を楽しんでいる人でした。
その人が、
「何かあるから旅は面白い。思うように行かないとき、『さぁ〜、来た来た! 旅はこれでなくっちゃ』と思う」
と言いました。6歳のお子さんがいる女性です。
旅行中、さまざまなことに出会うたびにこの添乗員の言葉を思い出します。
○ 普通の機種が間に合わないので、軍用機に乗ることになりそうだという旅。
『兵士が乗るためのものだから座席なんか無い。床にベルトが付いているだけだ!』
という噂が飛び交いました。
○ 「部屋と窓の鍵は必ず閉めなさい。とても危険だから!」
と指示されました。しかし、季節外れの高温でどうしても我慢できなくなり、外開きドアと窓を開けて風を通し、動かせる家具などをドアのあったところに積み上げてバリケードを作って凌いだ夜。
深夜。開けていたドアの辺りををドンドンドンと激しく叩く音。
『何事!』
と身構えたら、バリケードを抜けてチャリーンと金属音。静かになってから確認すると、部屋の鍵が室内に落ちていました。
鍵をドア穴に入れっぱなしにしていた大マヌケ!
○ 大事件の直後に行った街では、何かを燃やした大きな山塊からまだ揺らめく炎が出ていました。道路にはキャタピラの跡。兵士たちが銃を持って行進したり、道の角ごとに立哨しているすぐそばを、『帰りたい、無事に帰りたい』と心で唱えながら通った旅。
○ 彗星を観測する旅では見事に高山病にかかり、車の中で酸素ボンベのお世話になりました。
○ 別の天体観測の旅では、夢中になって写真を撮っていたら集合時刻をオーバーし、乗るはずのバスはもういません。本当に真っ暗でディンゴたちの潜む中、探し回ってようやく別のバスを見つけ無理やり頼み込んで乗せてもらいました。
あのまま、あの暗闇に残されていたら。
危険なことや恐ろしいことに出逢うのは、遠慮したいけれど……、
何かがあった旅は思い出が深いです。