山形県鶴岡市 and 酒田市 <10(おわり)>
「土門拳記念館」
土門拳記念館は、案内図の中央、オレンジ色の建物。
広い飯森山公園の中ほど、自然林にかこまれ、前には白鳥池、遠く鳥海山を望む。
紅葉の並木を進む。
やがて記念館が見えてくる。
- 記念館は、昭和49年(1974年)酒田市名誉市民第1号となられた時、同氏より全作品約7万点が市に寄贈され、それを受けて個人の写真展示館としては、世界最初の同館が昭和58年(1983年)10月にオープンしました。
「生誕110年 土門拳 古寺巡礼名作セレクション」
2019年9月27日(金)~12月22日(日) カラー 64点
土門拳のライフワーク「古寺巡礼」は、1963年から足掛け12年の歳月をかけて全5集にまとめられた。
全5集の収載作品787点の中から、珠玉の64点を迫力の大型作品で展示。
「土門拳が左手で書いた渾身の書」の説明。
土門拳の略年譜(1909~1990)
明治42年(1909)山形県飽海郡酒田町(現・酒田市相生町)に生まれる。
7歳、東京へ一家で移り、9歳、横浜市に転居。
23歳、全農全国会議の農民運動に参加し、検挙、拘束される。
昭和13年(1938)、29歳、宇垣一成外相のルポ写真がアメリカの「ライフ」に署名入りで掲載される。
30歳、中村たみと結婚。美術史家水澤澄夫の案内で初めて室生寺を訪れ撮影。以後、ライフワークとなる。
昭和16年(1941) 東京・新橋演舞場にて文楽の撮影を開始。2年間で約7千枚撮影、文楽の黄金時代を記録。
写真集『室生寺』(美術出版社)出版。
写真集『風貌』(アルス)、写真集『ヒロシマ』(研光社)
写真集『Hiroshima Nagasaki Document』(東松照明共著、原水爆禁止日本協議会)
豪華写真集『古寺巡礼』第一集(美術出版社 第5集で完結)
昭和43年(1968)59歳、 山口県萩市で取材中、脳出血で倒れる。
写真・エッセイ集『手―ぼくと酒田』(土門拳記念館)
写真集『土門拳の古寺巡礼』(小学館)全7巻刊行開始(平成2年完結)
・写真集他、多数。
平成2年(1990)入院先の虎ノ門病院で心不全のため死去。享年80。
光の射す美しい部屋。
ガラスの向こうは、庭園「流れ」。
(記念館のHP参照)
(記念館では作品の接写は不可だが、館内の撮影は可)
・土門拳記念館
山形県酒田市飯森山2-13(飯森山公園内)
0234-31-0028 (FAX共通)
(おわり)