♪ おもいで らんらん
(2)「ハートのカーディガン」
母は編みものが好きでした。
洋裁店と契約していました。その洋裁店のお客が毛糸を買って「このデザインでセーターを作ってください」などと頼むと、母のところに仕事が回ってきます。お客の採寸もしました。
機械編みできれいな模様のセーターを作り、お店に届けます。店は近くだったので私も一緒に行き、その家の二つ年下の男の子と遊んでいました。
母は編んだ品物のデザイン、形、毛糸の量と種類、目数などをノートに記録していました。年月日に始まり、形や色が書いてあるノートはどんどん増えて行きました。私はそのノートのページをめくりながら、いろいろなデザインを見るのが好きでした。
お店では編みものの雑誌を毎月取っていて、母はよくそれを見ていました。今月号に載ったものはもちろん一番新しいデザインです。そこから私の服を選んで編んでくれました。
ある月のカーディガンは、前立てのところが二重になっていてそこにハートのマークが五つ縦に並んだデザインでした。薄水色の地に赤いハートが浮き立って、色も形も本と同じ物が出来上がりました。
翌日それを着て学校に行くと、クラスのみんながびっくりしました。なぜかというと、わたしと仲良しのドッコちゃんがそっくり同じものを着ていたからです。ドッコちゃんのお母さんも編みものが得意な人だったのです。
「双子みたいだね」
と二人で喜びました。ハートの色は赤でしたが、二人のハートは少し色の違う赤だったことを覚えています。ドッコちゃんのは朱色で私のは臙脂に近い色でした。
忘れられないのはその後の出来事です。
給食の準備をしていたら、ドッコちゃんの家から何か連絡がありました。ドッコちゃんはすぐに下校しました。私は校門にもたれて、帰っていくドッコちゃんを見送りました。薄水色のカーディガンの背中がどんどん小さくなっていきました。
あとで先生がみんなに話してくれたのは、
「ドッコちゃんのお兄さんが交通事故に遭って亡くなりました」
ということでした。
ドッコちゃん、辛かったね。
ドッコちゃんとは中学も一緒で、短距離走の選手だったドッコちゃんを私はいつも応援していました。