♪ おもいで らんらん
(3)「桐の木登りとヒミツ工場」
私は木登りが好きでした。
右隣の家の庭に大きな桐の木がありました。まっすぐ伸びて、一段目、二段目、三段目と太い枝が横に出ていました。どの段も横分かれした枝が何本かあり、腰掛けることができました。お気に入りは二段目でそこが私の止まり木でした。
暇があると登っていました。暇といっても学校にあがる前の5歳ほどのときでしたから幼稚園に行っているとき以外は暇でした。
桐の木のある家の人は留守が多く、たまに私を見ても
「登っちゃいけないよ」
などと言いませんでした。
木の上からは、晴れた日には山が見えました。たまにお煎餅をポケットに入れて登り、上で食べました。桐の花が咲く頃は花に埋もれていました。
左隣の家は小さな作業場が庭にあり、何か仕事をしていました。私の家と左隣の家との間には高い塀があり、地上にいると左の家の庭は全く見えません。ところが、木の上からは見えたのです。隣の庭で何をしているかさっぱりわからなかったのですが、見えてしまうので、ついつい見ていました。
ある日、左隣の人が
「ここで作っているのはヒミツのものだから、見ないでね」
と言うのです。
えーっ! ヒミツなの? ウソでしょ?
ほんとにドキドキしました。
あれは何だったのでしょう。
1年くらいたって私の家は引っ越しをしました。
それから何年もたって行ってみると、左隣の家はちいさな化学工場になっていました。確か表札の名前も前と同じでした。
あれは、本当に何だったのでしょう!