アシガール・第9回「せつないラストチャンス!」-2-
見晴らしの良い草原で、唯が膝を抱え座っている。
- 唯「一目、若君に会いたかっただけなのに。ほかの女にほほ笑みかけてるなんて…」
背後からの声。
- 忠清「見とうはなかったか」
- 唯「うん」
- 唯「だから私は当分、梅谷村に…」
振り返る唯。
- 唯「若君!」
怒っているような若君の顔。
- 唯「どうして? 私ずっと若君に会いたくて」
- 忠清「何をしておる」
きつい声。
- 唯「え?」
- 忠清「なにゆえ戻って参った?」
うつむく唯。
忠清は怒っているよ。
どうする唯。
怖い目で睨んでいるよ。
両親を強引に説得し、あふれる思いでやってきた戦国の世。
あなたがいるから必死で来たのに…。
あなたを守るために来たのに…。
「よく会いに来てくれた」って言ってくれないの? どうして怒っているの?
乱れる唯の心。
えっ、えっ、どうなっちゃうの !!!?
- 忠清「わしがどのような思いでお前を帰したと...」
唯を胸に抱きしめる忠清。
忠清にしがみつく唯。
♪
if you ask me, if you ask me
I’ll be anything you want me to
- 忠清「いかがして、戻ってまいった。また往き来できるようになったのか?」
- 唯「うん。こっちへ来て、あと1回です」
- 忠清「そうか、では帰れるのだな」
飛び退く唯。
- 唯「どうやって私を帰そうか考えてるんですか」
- 忠清「いや…」
- 唯「婚礼をぶち壊しに来た私が邪魔なんでしょう!」
- 忠清「そうか、お前は婚礼をぶち壊しに来たのか」
笑う忠清。
別れのシーンも割愛しにくいが、再びの出会いも切ることができない。
といっても、全編書くことも難しい。
突然戻った唯。
忠清には婚約者がいるし、もうじき結婚だし、総領だし。
この段階で忠清は唯との未来は眼中になかったのではないか。
戻ってくるなんて聞いてない・・・。
戻ってくることはできない、もう別々の世で暮らすと確信(あきらめて?)していただろう。
でも、レンコンの匂いで、「唯が来た!」「戦国に戻って来た!」と夢中であちこち駆け回って探したのだろう。
このときは『何が何でも見つける!』と我を忘れていたことだろう。総領がそんなことをしてはいけないという気持ちと、探さずにはいられないというこみ上げる感情。
お気に入りの草原に愛しい唯をやっと見つけて冷静に話しかけたつもりが、ついハグになった。
忠清さん、進歩しているね。えらい!
忠清の腕の中で、唯は本当に幸せそうだ!
演技していると百も承知している。
が、唯を演じる黒島結菜さんのこの仕草、表情。その見事さに言葉がない!
「そうか、お前は婚礼をぶち壊しに来たのか」といって笑う忠清。
この笑いは観ているほうには救いになる。再び目の前に現れた唯を腕の中に抱きしめて、忠清は考えを改めたのかもしれない。
唯は、忠清が阿湖と結婚しなくてはならないと分かっている。
だけど…。
- 唯「ひと言だけ言ってほしくて」
忠清を見る唯。
- 唯「若君様が私のことどう思っているか」
- 忠清「それで戻ったというのか」
うなずく唯。
- 唯〈 言って! 大切だって。唯ほど好ましいおなごに会ったことはないって。言って! 〉
- 忠清「わしは心から…」
唯を見つめる忠清。
- 忠清「お前に礼を申さねばならぬ」
- 唯「えっ?」
- 忠清「羽木家総領、九八郎忠清として」
- 唯〈 っしゃっ! 〉
脇差を川に投げる唯。
- 忠清「何をしておる、たわけ!」
- 唯「いいんです!」
- 忠清「よくはない」
- 唯「私、決めてたんです。今度若君に会えたら、もうあっちには帰らないって。ずっと若君のそばにいるって。会えなくなるのは、もう二度と嫌だから」
唯の声が震える。
- 忠清「唯…」
- 唯「私の気持ちは変わりません。どこまでもお供します。走って走って。私は若君様の、羽木九八郎忠清様の足軽だから」
深々と頭を下げ去って行く唯。
- 忠清「唯!」
少し止まり、だが、振り返らず歩いて行く唯。
「別れではない」けれど、これは「別れ」のシーンだと思う。
唯は、結婚を切り捨てた。結婚というものから別れた。結婚して忠清のそばにいることはできないと覚悟した。阿湖が正室になれば、足軽の唯が若君を男性として愛してはいけなくなる。
それなら家来として忠清を守る。側室なんて考えはなかろう。
たとえ足軽としてでも忠清の命を守りたい。
忠清を「愛している」という気持ちとの「別れ」。辛い道だ。17歳(±1)くらいの唯に耐えられるか。
このドラマの後、声優としても活躍する伊藤健太郎さん。
このシーンで胸の底が突き動かされるような「忠清の声」を聴いた。
黒羽城。酒を酌み交わす忠高・忠清父子。
- 忠高「ぬしが跡を継がぬと言いだしたときは成敗も辞さぬと、わしも一度は腹をくくったが…フフフ」
酒を飲む忠高。
- 忠高「なぜあのようなことを言い出した?」
- 忠清「夢を見たのです。戦のない世の」
速川家で過ごした日々がよみがえる。
- 忠清「親と子が、兄・弟が睦まじく暮らす、後の世の夢でござる。ただ一人のおなごをめとり、子をなし、穏やかに暮らし...」
- 忠高「なるほど。…夢じゃ。うつつを逃げるお前の弱さじゃ」
- 忠清「二度とそのようなことを申しませぬ」
ここはとても不思議なシーン。
忠清は睦まじく暮らす唯の父・母・弟の姿を思い出し、夢を口にした。それなのに「お前の弱さじゃ」と父に言われたら、その考えをすぐに引っ込めた。しかも「二度と申しませぬ」なんて言ってしまう。
もしかして、この場面は時系列にするとこれより以前の出来事になるのかなあ。
まだまだ、この時代のオヤジ、しかも城主の力は強大なのか。少しは抗ってもよかろうに。
しかし、この時の忠清の言葉が、後の忠高の考えを変えていく一つになったのかもしれない。